令和3年8月16日より浅草の店舗を閉店し長期休業に入りました。

 

祖母の家出

H.H. さん(東京都 43歳 )から頂いた投稿です。 家族編

 

  「今晩泊めてもらえるかしら。すき焼きのお肉持って行くから・・・。」
 母方の祖母から、数年に一度、母のもとにこんな電話がかかって来た。今から30年ほど前、私がまだ学生だった頃の話だ。

 大正4年生まれの祖母は、普段は大和撫子を絵に書いたような従順な妻であった。ただ、そうはいっても人間である。時には祖父とけんかして、どうしても気持ちが治まらず、家を飛び出してしまうことがあった。そんな時に必ず身を寄せるのが長女の嫁ぎ先である我が家であった。すき焼き用の良い肉をたっぷり買い込んでやって来るのが常だった。

 卓上のガスコンロに乗せたすき焼き鍋から良い香りの湯気が立ち上り、グツグツと心地よい音が聞こえ始めると、夕餉の始まりである。家族に加え、大好きな祖母と一緒に囲むご馳走に、一同会話が弾んだ。笑い声が絶えない楽しい食卓だ。しかししばらくすると決まって祖母の様子に変化が表れる。すき焼きのネギが頃合い良く煮えて来ると「お父さんはこれ位のネギが大好きなのよね。」とつぶやく。焼き豆腐にいい塩梅に割り下が染みて来ると「お父さんに食べさせたいわ。今頃どうしてるかしら?」と言い出す。祖父がいない食卓に違和感を覚え、段々と寂しくなってしまうのだ。

 翌朝はすっきりした顔で「お世話になりました。」とペコッと頭を下げ自宅に帰っていく祖母の後姿には、いち早く祖父のもとに帰りたいという気持ちがいつもあふれていた。

 祖父が亡くなって以来、そんな祖母の家出も無くなってしまった。しかしその後も外食などで食事を共にする際には決まって「これ、お父さんが好きで、よく食べていたのよねぇ。」「これを食べているとお父さんを思いだすわ。」と、祖母は何を食べに行ってもいつも亡くなった祖父を偲んでいた。

 そして祖父が亡くなって10年余り後、祖母もついに天に召された。祖母の遺書には5人の子供たちに宛てたメッセージが書かれていた。「ようやく今日、大好きなお父さんのもとに旅立つことができました。どうか悲しまないでください。」と。

すき焼きをつつき、良い具合に煮えたネギを見る度に、そんな祖母が偲ばれる。

 
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