父の優しさ

素直になれない自分 さん(東京都 31歳 )から頂いた投稿です。 家族編

 

 2003年12月23日真冬の鹿児島に僕はいた。
その日闘病生活を送っていた父が他界したため東京から駆けつけた形だ。

父の実家は鹿児島空港から高速道路で30分ほど北東に走ったところにある高原地域。
僕が斎場についた時はすでに大勢の親戚が来ていた。
息子が来たということで明日の通夜に備え各々下を向きながら一礼して部屋を出ていく。
僕と父、二人きりになった。
僕は親父の遺体を眺めながら近くにあったグラスに焼酎を入れて一口啜った。
・・・途端に大粒の涙がこぼれた。
枕元に移動し親父の耳元で話しかけてみる。当たり前だが返事は返ってこない。
また一口飲んで、泣きながら親父との思い出を振り返った。

僕の父は、とても子供思いで休日もいつも色んな所へ連れて行ってくれた。
結婚前一人暮らしが長かった父は料理好きだった。
九州男児の作るおかずはいつも味付けが濃いが僕はそんな味が大好きだった。

忘れもしない僕が小学校4年生の時、我が家で「すき焼き」を作った。
母が切った野菜や肉を父が次々と鍋に入れていく。
濃く味付けされた割下が鍋でグツグツいって部屋中すき焼きの匂いで充満する。
そんな時間が僕は一番好きだった。

僕には上と下に兄弟がいる。この日も肉の取り合いになることは予想される。
一刻も早く食べるために生玉子の予備を用意しておきたかった僕は、
「お母さん、ゆで卵頂戴!」と母に言った。さぁ食べようとする直前の出来事だった。

当然父は「ゆで卵?」となる。
自分の言い間違いに気づいていない僕は、「早くゆで卵持ってきて!」と催促する。

「すき焼にゆで卵なんか入れる馬鹿がどこにいるんだ!!」と父に怒鳴られた。
この時もまだ自分の間違いに気づいていなかった。

兄はこの時すでに自分用の生玉子のストックを持ってニヤニヤして見てくる。

「僕も玉子が欲しい!」としつこく何度も何度も言う。

「玉子、玉子ってお前は肉なんか食べなくていい!ゆで卵を腹いっぱい食ってろ!」父の怒りが爆発した。

この瞬間に自分の言い間違いに気づいた。

父は九州男児。一度言い出したら梃子でも動かない。
そんな僕も父の血が流れているため意地を通して、半べそをかきながら一人ゆで卵を食べ続ける。
今まで食べたゆで卵の中で一番美味くなかった。

隣の部屋では家族みんなでワイワイすき焼きを食べている。
僕はふて腐れて早々に寝ようとしたが、充満されたすき焼きの匂いでなかなか眠ることも出来ない。

布団にくるまってどれくらい時間が過ぎたか。
うとうとしている僕を父が起こしにきた。
すでに静まり返った食卓にすき焼きの残り汁でつくった「すき焼き丼」が置かれていた。

「早く食え」
その一言を残して父は部屋を出て行った。
僕は泣きながら味付けの濃いすき焼き丼を一気にかきこんだ。
大きな肉が一枚乗っかっていた。

父が眠っている枕元で振り返った僕の大切な思い出ばなし。

 
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