昔のすき焼き

黒ちゃん さん(東京都 66歳 )から頂いた投稿です。 家族編

 

 私の生家は浅草千束、酉の市で有名なおおとり神社の裏である。今から60数年前の戦後の貧しい時代のごちそうと言えば、「すき焼き」である。たっぷりのネギとニワトリの卵黄十数個入った鶏肉だけがはいった、即ち「とりすき」がすき焼きであった。子供の頃、兄妹でこの最高のごちそうの「とりすき」の卵黄の大きいのを奪い合って食べていた。
 ある時、父親が銀座のすき焼き屋に連れて行ってくれた。そこで出てきたものは、今まで見たこともないものだった。「あっ、このすき焼きは卵がない!」と思わず叫んだ。すると父は、これは「銀座牛すき」と言ってと言って銀座だけの特別の食べるもので、浅草だけでなく日本中どこでも、家で食べているのと同じ卵黄の入った鶏肉のすき焼きを食べており、それが本当のすき焼きだよと静かに言った。それ以来、「とりすき」こそがすき焼きと思っていた。
 その後しばらくたってある人が、浅草「ちんや」につれて行ってくれた。そこで見たものはまさしく「銀座牛すき」の牛肉のすき焼きであった。浅草でも「銀座牛すき」があるではないか!その時はじめて牛肉のすき焼きが本当のすき焼きであり、ダマされていたことを知った。

 15歳の初夏であった。 

 
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