涙でレシートが見えにくい

アッキー さん(千葉県 50歳 )から頂いた投稿です。

 

私が子供の頃には、家族で食べる特別なメニューが幾つかありました。母が食パンをそのまま使って作る意味不明なハンバーグ、一般の中華料理屋さんで食べるものとはまるで違う、甘くない酢豚、そして自己流のすき焼きでした。
なにぶん子供だったので牛肉が高いことなどは知らず、「豚肉のほうがいいよ」などとうそぶいていた生意気な幼児であった私も、すき焼きは美味しいのだと理解はしていました。
長じて学生になって、やりたいことが全部挫折して、失意の中で会社員になりましたが、入社3年目くらい、たぶん平成3年の6月です。当時はまだ世間の景気も悪くはなく、大掛かりな仕事が終わった打ち上げで、部長が部下をおおぜい引き連れて、有楽町のおおきなお店ですき焼きを奢ってくださいました。中居さんが全部やってくださったのも驚きでしたが、味がまるで母のものとは違うので、大量に食べておおいに満足して、「会社もいいなぁ」などと勝手に思ったものです。
しかし景気も悪くなって、その後はそんなことはなくなりました。もともと「会社勤めなんかいやだ」と思っていたのでうまくいくわけなどありません。あちこち転勤して、東京あたりに戻ってきたのが9年前。父親が死んだ直後です。
身も心もすさんでいた私は、それでも元気になろうと自転車に乗り始め、水戸街道をずっと走り続けました。そのうち長距離も乗れるようになって、浅草へも。すると「ちんや」さんの看板が。
入りたい、でもこんな状態では入れない。いつかは入ろう。
それから更に何年もたったな。確か2013年の冬に接待先として生まれて初めてお邪魔しました。自腹ではないから一人前とは言えません。ですが、「ここに来られるようになったのか」その思いは格別でした。味もサービスも格別なのはもちろんです。
そして昨年、会社の知人がプロジェクトを成功させたお祝いに、プライベートでやっと「ちんや」さんに堂々と行けたのです。行けた、やっと行けた。俺もここまで来れたんだ。
メニューやレシートが涙で見えにくくなった、そんな日でした。